晴れ女のわがままジャーニー(人生も旅も)

自由人です。やりたいことをやります。まず、やってみる。

語学に挫折はつきもの。単語は忘れても自分が努力してきたことだけは忘れるな!!

中国語だけでなく、語学をしていると楽しい時とそうでない時があります。うまく言えて嬉しくなったり、自分が全然上達していないと感じて落ち込んだりの連続です。

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もういやや。絶対ムリやし。

そんな時、落ち込み過ぎて「自分には才能がないんだ」「もうやめよう」「絶対無理」と思いたくなる時があります。でも、語学は続けていれば必ず少しずつ少しずつ上達していきます。私も中国語をやっていて、「もー自分全然イケてないな!」と思うことがしばしばあります。そして、中国語なんか見たくもないわ!と投げ出したこともありました。

それは普通のことだし、それでいいんだと思います。

おかしなもので、ヒトは物事にすぐに慣れてしまいます。例えば、昨日までは「多喝水」「多穿衣服」と言いたくても”多”をどこにつけたら良いかさえ迷っていたのに、いざ言えるようになると、それは恐ろしく簡単なことに思えて、自分はまだこんなことだけしか言えないなんて!と悲観的になるのです。最初は吓了/吓死了だったのが吓死我了になり、さらには吓死人了と自然に言えるようになっていても、実はそれが口をついて出てくるようになるまでにいろいろ頑張ったんだということを人というのはいとも簡単に忘れてしまいます。そして、こんな短い簡単なことしか今だに言えないなんて・・・と落ち込んだりするのです。

でも、人間って本来物事に慣れやすい生き物です。それが生きていく術。慣れるのはいいことですが、悪い言い方をすればそれはイコール飽きるということです。なので、もうこんな言葉毎日言っとるわ!というフレーズが増えてくることは不可避なんだと思います。でも、自分が忘れちゃってるだけで必ず進歩していくのが語学の良いところです。

大事なのは、一度ヤメても、復活することです。再び本に手を伸ばすことです。そのためには自分が努力してきたことを絶対に忘れてはなりません。私は毎日中国語に注いだ時間を記録しています。それは、自分がいとも簡単にこれまでの自分の努力を忘れて、投げ出してしまえることを知っているからです。自分が頑張った時間を毎日記録することで、嫌になったらそれを見て思い出します。こうやって私もドラゴンボール孫悟空のごとく何度も復活してきました(偉大なる悟空はん、スンマセン!)。もう次に中国語をやめてしまったら、再起不能になる前にカリン塔の「精神と時の部屋」にでも入って5G(スマホの第5世代じゃないですよ)で修行しなきゃなんて思っています。

冗談はさておき・・。

昔、尊敬する通訳の柴原智幸先生のセミナーに出た時、先生は「努力は裏切らない」「英語はやった分だけ身になる」とおっしゃっていました。先生の言葉が私は今でも忘れられません。これは中国語にも当てはまるはずです。先生の発する日本語はとても美しく、通訳は英語の技術を磨くことだけに専念しがちですが、現場で洗練された日本語を話すことがいかに大事かも教わりました。

そんな先生の言葉を胸に今日もまた中国語に励みます。1日1ナノメートルずつでも前に進んでいれば、それは紛れもなく進歩なのですから。

最後に一言!

単語は忘れても自分が努力してきたことだけは忘れちゃだめ!!