晴れ女のわがままジャーニー(人生も旅も)

自由人です。やりたいことをやります。まず、やってみる。

地球一周の旅の通訳だったときの話(1)東回りルートの罠

かなり昔になりますが、

地球一周の旅「ピースボートで通訳をしていたことがあります。

ピースボートには普段出会えない面白い人たちが集まっている

このときは本業を休んで船に乗りました。

理由は・・・タダで世界一周旅行をしたかったからです。

ピースボートについては、ネットで色々あることないこと書かれていますが、決して怪しい団体ではないのでそこは強調しておきたいです。

むしろ、普通の会社では出会えない優しくて面白い人たちが集まった集団で、一度に約1000人もの世界中から集まったお客さんや外国人スタッフ、ゲストスピーカー(水先案内人)、著名人などと出会えて、一緒に生活し、冒険し、語り合う機会が得られた経験は貴重でした。

心から乗って良かったと思っています。

旅が純粋に好きな人や普通のツアーじゃ物足りないという人は、気に入るんじゃないかと思います。

 

地球一周のルート

私が乗ったときのルートは以下の通りです。

横浜を出た船は太平洋を横断して南米大陸からカリブ海を通過し、奴隷貿易の逆ルートで西アフリカに抜け、地中海を通ってインド洋からマラッカ海峡を経て南シナ海から日本に戻って来ました。

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東回りルート

寄港地:

パペーテタヒチ)➡️カヤオ(ペルー)➡️バルボア(パナマ ➡️パナマ運河通航 ➡️モンテゴベイ(ジャマイカ) ➡️ハバナキューバ) ➡️ ダカールセネガル)➡️ラスパルマスカナリア諸島)➡️カサブランカ(モロッコ)➡️バルセロナ(スペイン)➡️マルセイユ(フランス) ➡️モナコ ➡️チビタベッキア(イタリア) ➡️ピレウスギリシャ➡️イスタンブール(トルコ)➡️ブルガス(ブルガリア)➡️コンスタンツァ(ルーマニア)➡️オデッサウクライナ)➡️ポートサイド(エジプト)➡️スエズ運河通航 ➡️ジェッダ(サウジアラビア)➡️コーチン(インド) ➡️シンガポール ➡️基隆(台湾) ➡️横浜

ピースボートは普通は西廻りルートですが、私が乗ったこの回はたまたま東回りルートでした。

 

東回りルートの落とし穴

これがお客さんとして乗ったのなら別に問題ないと思うのですが、スタッフ側として乗ったため、朝がせめぎ合いに。。

どういうことかと言うと、東向きに進んでいくと1日に1時間ずつ時計を進めなければならなかったのです。これが西回りなら1日に1時間ずつ増えていくことになるので良いのですが、1日1時間ずつ減るとなると、時計を合わせ忘れた場合は仕事に遅刻をしてしまうことになりかねません。

実際に時計の設定を忘れて朝1番の9時からの通訳の仕事に堂々と遅れてきた仲間がいました(本人はその時気づいておらず)。

この船での通訳(CC)は通常3人1組で仕事をしたのですが、同時通訳の時は1人が訳している間に1人がアシスト、1人がタイムキーパーをして、10分から15分ごとに交代することにしていました。なので1人かけると痛手です。

この時も日英同通だったので、1人現場にいなくて、私は朝から発狂していました。笑

ただ、ビジネスでの通訳とは違い、スピーカーとはかなり綿密に講演内容を打ち合わせできます。十分な準備ができる上、船内でも担当のゲストスピーカーとは共に行動することが多いので、その人の考えていることなどを理解する時間もある点ではとてもやりやすい通訳だとも言えます。

でも、自分が時間を間違えてしまったら、大失態の大迷惑につながるため、絶対に寝坊しないように前の晩に目覚ましの時計の針を1時間進めることを神経質に行っていました。

 

船での生活と楽しみ

ピースボートの船での楽しみは、船上の無数の人との交流できるところと、船に乗ってくる著名な方々と直接お話しする機会に恵まれることです。

船で講演やパフォーマンスをしてくださる方は「水先案内人」と呼ばれ、一人一人にアテンドする通訳担当者が割り振られるので、その方が乗船している区間は食事を一緒にしたりもしました。

水先案内人は日本人だけとは限らず、様々な国から乗ってくるので、ひとりが乗っている期間は1週間や2週間程度です。私が乗船した時は、日本人では元EXLEのUSAさんも"Dance Earth"のプロジェクトで中南米あたりまで乗船しました。

また、私は鎌田實さんの担当のはずでしたが、地中海あたりを航行中に、鎌田さんから乗船前にスキーで骨折して乗れなくなったとの連絡が入り、ご一緒することはかなわずでした。

自分が担当させていただいた方で一番楽しかったのはセネガル出身のパーカッションミュージシャンのティール・シー(Latyr Sy)さんかな。

太鼓みたいなアフリカの楽器「ジャンベ」のレッスンをして演奏したりと楽しい時間を提供してくださいました。ラティールさんは、日本語ペラペラで英語もある程度いけるので、仕事が楽だったのもよかったです。

 

終電がない幸せ〜船の夜は人狼で仲間と夜更かし

首都圏や大阪などの人には特によくわかると思いますが、終電を気にせず飲み会できるって幸せじゃないですか?

船の上にも居酒屋やバーがあり、通訳やスタッフやお客さんと飲む機会があります。また、イベントやパーティーなどが夜に開かれたりするのですが、どんなに遅くなっても、歩いて自分の船室のベッドに戻るだけなのが気に入っていました。

家族以外と夜遅くまで飲んで語らって、そのあと満点の星空を眺めて、すぐに寝るなんて、東京じゃ考えられない余裕たっぷりの生活でした。

通訳はCCと呼ばれていたのですが、そのCCメンバーの間で仕事の後によくやっていたのが、人狼というゲームです。一時期すごく流行ったのでご存じの方も多いとおもいますが、要は騙し合いのようなゲーム。たまたまCCメンバーの一人が、この人狼ゲームマスターで、ものすごく進行が上手だったため、晩御飯の後には、よく屋上に近いデッキに飲み物とお菓子を持ち寄って集まり、十数人で人狼ゲームを夜遅くまでやったのが懐かしいです。

このゲームは途中で、誰も信じられなくなるなんてこともありますが(笑)、とにかく面白かったです。

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船からの景色

思えばなんだかキラキラしていましたね、あの頃は。

 

次回から、船の旅の中身について書いていこうと思います。

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